「金正男氏」証言で見えた・・ “先軍政治”北朝鮮の異変
【メインキャスター・古舘伊知郎さん】(スタジオにて)
「・・北朝鮮、この金日成(キム・イルソン)主席、今から見ればお祖父さんの代になりますが、完全に軍を指揮下に置いて作っていた、一つの政治体制という見方ができます。そして二代目になって、故・金正日(キム・ジョンイル)総書記、この人も軍をコントロールしながら先軍政治を引き継いで、核開発、そしてミサイル開発などを行ってきたという見方がずっとあるのです。
そして異常な、と言うか三代目のこの世襲体制、若き現体制が、果たして軍とどういうような関係性を持てるのか?という、このあたりに関して(故・金正日総書記の)長男にあたります金正男(キム・ジョンナム)氏が発言したことが本になっているのですけれども、そのあたりテレビ朝日の取材をかけてみると、ある程度「ここはどうだろう」と見えてくることがあるのです。」
「金正男氏」証言で見えた・・ 北朝鮮“権力中枢”の異変
【ナレーター】
北朝鮮のテレビは正月明け以降、新しい後継者・金正恩(キム・ジョンウン)氏の動静を連日伝えている。目につくのは軍隊を視察している映像が多いことだ。
【東京新聞編集委員・五味洋治さん】
「軍が最大の利益集団であり、力を持っているわけで、そこに行って自分が軍と近くにいる、自分はいつも軍を考えている、ということをアピールしなくちゃいけない。それだけ基盤がまだ十分ではないということを逆に物語っていると―。」
【ナレーター】
五味さんがこう言い切るには理由がある。金正日総書記の長男・金正男氏と2004年からメールのやり取りをしているのだ。今月(2012年1月)3日のメールに弟の正恩氏のことが書かれていた。
【金正男氏からのメール】(2012年1月3日)
「37年間の絶対権力を(後継者教育が)2年ほどの若い世襲後継者が、どう受け継いでいけるのか疑問です。若い後継者を象徴として存在させ、既存のパワーグループが父上の後を引き継いでいくとみられます。」
【ナレーター】
五味さんと金正男氏とのメールは150通にのぼる。さらに合計7時間のインタビュー。その内容をまとめたのがこの本だ。(*「父・金正日と私 金正男 独占告白」出版:文藝春秋)異例の三代世襲に踏み切った北朝鮮の知られざる事情が記されていた。
金正男氏の発言が世界的に注目を集めたのが一昨年のこのインタビュー。
【金正日総書記の長男・金正男氏】(2010年10月 北京)VTR
「父上が決断なさったら家族全員が従うべきだと信じています。」「個人的に三代世襲については私は反対します。」
【ナレーター】
このインタビューが放送された後、五味さんは金正男氏にメールを送った。
【東京新聞編集委員・五味洋治さん メール】(2010年10月)
「テレビ朝日とのインタビューで『世襲に反対だ』と答えていましたが、何故反対するのですか?」
【金正男氏からのメール】(2010年11月3日)
「三代世襲というのは、過去、封建王朝時期を除いては前例がないことで、(三代世襲は)常識的に社会主義に符合しないことは誰もが考えていることです。また三代世襲に最も否定的だった父親がこれを押し切ったのには、それくらいの内部的要因があったと信じています。」
【ナレーター】
そして父親の金総書記自身も三世代の世襲に否定的だったという。
【金正日総書記の長男・金正男氏】(2011年1月13日のインタビューから)
「もともと父は後継者などはまったく考えないタイプの人でした。さらに『三代世襲はさせない』と自分でも言っていました。それは自分の耳で直接聞いた覚えがあります。正哲(ジョンチョル)、正恩(ジョンウン)も聞いているはずです。『三代世襲なら自分の父親(金日成主席)の業績を潰す』という説明でした。」
【ナレーター】
それでは何故、金総書記は三世代の世襲を選択したのか?
【金正男氏からのメール】(2010年11月3日)
「いわゆる“白頭の血統”(金ファミリー)だけを信じて従うのに慣れた北朝鮮住民たちに、その血統でない後継者が登場する場合、面倒なこともあったと考えられます。」
【ナレーター】
金正日総書記の葬儀。(2011年12月28日)棺を乗せた車に寄り添ったのは金正恩氏と叔父の張成沢(チャン・ソンテク)氏を除くと6人のうち4人は軍人だ。北朝鮮の権力構造の中核に強大な既得権を持つ軍部の存在がある。
【金正日総書記の長男・金正男氏】(2011年1月13日のインタビューから)
「父は軍をバックに国を統治したが、軍の権力が大きくなりすぎたと思います。」
【東京新聞編集委員・五味洋治さん】
「金正男さんは、どうも父親(金正日総書記)が先軍政治、軍に依存しすぎて、軍の力がかなり強くなって、お父さんもコントロールしづらいようになっていると。このままではダメで、先軍政治ではなくて、もう一度住民中心の政治をやるべきだと、そういうふうな主張をしていました。」
【ナレーター】
体制の維持を軍に頼るあまり、軍との力関係に異変が起きていたということなのか。金正男氏は「核問題などについて父親に直接意見をしてきた」と強調していた。
【金正男氏からのメール】(2010年11月29日)
「私は父親にいつも直言しています。過去、核実験・ミサイル発射実験に対する国際社会の憂慮を直言したことがあります。」
【ナレーター】
金総書記に耳の痛いことまで言えたのは、金正男氏が9歳の時から9年間スイスに留学していたことと関係があるのか。
【金正男氏からのメール】(2011年3月23日)
「私が完全な資本主義青年に成長して北朝鮮に帰った時から父上は私を警戒したようです。恐らく父上の期待に背いたためです。」
【ナレーター】
金正男氏は1995年、20代前半で北京で暮らし始めた。中国が改革・開放政策によって大きく変貌する時期で、特に上海の発展ぶりが金正男氏の目を開かせたという。
【金正男氏からのメール】(2011年7月26日)
「特に1995年から2005年にかけて上海の急速な成長を目撃して(北朝鮮の)改革・開放の必要性を切実に実感しました。」
【ナレーター】
「破綻した北朝鮮経済の建て直しには改革・開放しかない」そう繰り返し父親に進言したという。しかし体制の崩壊を危惧した金総書記は、結局その進言を受け入れることはなかった。
そもそも五味さんが金正男氏とメールのやり取りを始めたのは公開が前提だった。
【金正男氏からのメール】(2011年1月19日)
「新聞記事はいつ掲載されても良いです。」(*「父・金正日と私 金正男 独占告白」出版:文藝春秋より)
【ナレーター】
ところがその一部を記事にすると、金正男氏から公表を控えるようメールが届いた。
【金正男氏からのメール】(2011年2月5日)
「北朝鮮を刺激したようです。一種の警告を受け取りました。」
【ナレーター】
金総書記が死去した後、五味さんが本の出版を求めると、こう返事を寄こした。
【金正男氏からのメール】(2011年12月31日)
「この時期に何か新しいニュースが出ると私の立場が不利になります。北朝鮮の政権が私に危険をもたらす可能性もあります。」
【ナレーター】
それでも今回、五味さんは出版に踏み切った。
【東京新聞編集委員・五味洋治さん】
「彼に対するテロがあったという報道なんかは、もう何年も前から継続して出ています。彼はずーっとそういう危険にさらされていた。で、今こそ、三男の新しい指導者が出てきた、この時期こそ一番彼が危ない不安定な時期である。ならば私が聞いてきたことを発表して、彼に対する関心を集めて、彼の人間性を知ってもらった方が、むしろ彼にとってプラスになり保護になる。」
【ナレーター】
金正男氏は北京とマカオを拠点に活動をしている。五味さんは「彼の発言の裏に中国の意図も感じられる」という。
【東京新聞編集委員・五味洋治さん】
「彼はもう長い間、中国におります。で、そこに中国の政府の人たちと人間関係がないという方が不自然な話で、彼は何らかのサジェスチョン(示唆)を受けて、北朝鮮の内部に『もう少し経済を活かしていくために中国式の改革をしたらどうだ』という(中国の)代役として話している、という面が必ずあると私は思います。」
*五味洋治さんのブログ「北朝鮮問題の鍵は中国にある」
http://cyucyo.blogspot.com/
*五味洋治さんのtwitter
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「金正男氏」証言で見えた・・ 北朝鮮“権力中枢”の異変
【メインキャスター・古舘伊知郎さん】(スタジオにて)
「五十嵐さん、立場というものがあって語るわけだし、色んな思惑があって当然というところで色々と捉えていかなければいけないわけですけれども。どうですか?」
【朝日新聞編集委員・五十嵐浩司さん】
「そうですね。話題の本で読みました。で、やっぱり私も、本でも、それから今のVTRでも、ちょっとやっぱり首をひねる、何故だろうと思うところがあるのですね。まず改革・開放をお父さんの金正日総書記が拒否した理由はやはり体制崩壊を恐れてのことだと思うのですね。例えば彼が言う体制というのは金ファミリーの支配、それ以外の何物でもないと思うのですよ。これは北朝鮮の社会主義体制でも何でもない、金ファミリー支配だと私は思うのですね。なのに『金正日総書記は三代世襲には反対だったと言っている』と正男さんは言うのですね。」
【メインキャスター・古舘伊知郎さん】
「ええ、そこが疑問です。」
【朝日新聞編集委員・五十嵐浩司さん】
「疑問ですね。これは本当に言ったのか、言い訳っぽく言っていたのか、それとも正男さんがお父さんのことを非常に理にかなっているように見せたくてそう言ったのか、そこのところはまだちょっと分かりませんよね、はい。
あと一番分からないのは、何故正男氏にこんな体制批判ができるのか?彼は企業をいくつか運営しているというのですが、ほとんど利益はないと言われているのです。ということは彼が活動しているお金はたぶん北からの送金だと思うのですね。それが全然ストップしない。考えられる理由としては、やはりこれはもう“外れた人”ということで北側は認識していて、でも金ファミリーだからしょうがないよねと。もしくは北の内部に正男氏を擁護する勢力があるのかどうか。それとも次のリーダーに決まりました正恩氏に例えば不測の事態が起きた時に、やはりこれは金ファミリーの直系の血筋ですから彼を温存していく理由があるのか、分かりません。
ただこの正恩体制っていうのは、まだまだ脆弱なのは間違いないのですけれども、この正男氏の存在というのは、もしかしたら正恩体制の力関係を読み解くカギになるのかもしれませんね。」
【メインキャスター・古舘伊知郎さん】
「そうでしょうね。中国に長いわけですから、この正男氏は。それは中国の改革・開放の一つの流れに沿った発言かもしれないというのは容易に考えられますし。要するに今後の日本外交って考えた時には、色んなパターンがあるでしょうけれども、やはり北朝鮮が今後不安定になるという不測の事態、最悪のシナリオまで想定して、あらゆることが起きても動けるような態勢づくりっていうのは、これハッキリ言って必要だと思うのですね。」
【朝日新聞編集委員・五十嵐浩司さん】
「そうですね。まだ彼が軍を完全に掌握しているとは誰も思っていないわけでね。もしかしてですよ、国内の基盤が弱いことが彼を極端な方向へ、軍の強行派に乗っかってしまうようなことにさせていく、これが一番恐ろしいシナリオだと思いますね。」
【メインキャスター・古舘伊知郎さん】
「国内を引き締める、国内の目をそちらに集中させる、というようなことになったら、これは不味いですよね。」
【朝日新聞編集委員・五十嵐浩司さん】
「そうですね。はい。」
*終わり


